倉松歯科医院

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太子橋今市駅徒歩2分!予防歯科を中心とした、北欧型歯科医院です。

2010年05月23日 18:51 兵庫芸術文化センター管弦楽団 クラシック

 
昨日と今日2日間に亘り
兵庫芸術文化センター管弦楽団第34回定期演奏会を
兵庫芸術文化センターに聴きに行きました。
曲名は、ベートーベン交響曲第8番と
モーツァルトの交響曲「プラハ」それに
グローフェの「グランドキャニオン」です。
今まで外来のオーケストラのコンサートは
連日行ったことは何度もあります。
しかし、今回のように曲目が全く同じ演奏会へ
連日行ったのは初めてです。
それには、大きな理由があります。
私が、初めてクラシックを聴いたのが
中学1年生の夏休みの宿題で、音楽鑑賞の感想文というものがあり、
その時、NHKの当時「プロムナードコンサート」という番組で
このグランドキャニオンを聴き感想文を書きました。
それが、大阪府の何々賞(賞の名前は忘れました)と
いうのをいただいたのがきかっけで、
趣味はクラシック一本の人生を歩みことになりました。
今思うとこのグランドキャニオンは
真のクラシックという点からは
少しズレていましたが、私のその後の生活を大きく変えました。
そういう思い出の曲ですので
全曲のナマの演奏をずっと聴きたいと思っていたのが
50年近く経ってやっと実現しました。


今現在持っているグランドキャニオンのCDです。


それと会場には、
佐渡裕さんがベルリンフィルの定期演奏会を
指揮することが大きく報じられていました。
日本人では小沢征爾さん以来の快挙です。


2010年04月07日 18:12 宮島邦彰先生歯科矯正マスターコース クラシック 研修会出席

 
今年4月から来年3月まで月1回
宮島邦彰先生の第2期大阪歯科矯正マスターコースを
受講することにしました。
倉松歯科医院へ
定期健診に来られるほとんどの子供たちは
虫歯が1本もありません。
しかし、アゴの発育がよくなく
将来、矯正を必要とする子供が多いため
少しでも早期にアゴを拡げる床矯正でもって
対応していきたいと考えています。
上下左右の小臼歯を1本ずつ計4本抜いて
小さなアゴに、歯の本数を4本減らした状態で並べるという
現在主流の矯正の流れにしなくてよいようにと
歯科医師人生最後は、
子供たちのために矯正を勉強することに決めました。
成人の方に対しての「虫歯・歯周病」治療は
他の医院では対応できない術式をいくつか導入していますので
それらをHPをご覧になられて
私のその考えと一致した方が他府県からも来られています。
「予防」に対しては
メインテナンスシステムを確立して
特に衛生士さんにがんばってもらっています。
ところが
将来歯並びが悪くなるのがわかっている子供さんに対して
「小学校4~5年まで様子を見ましょう」という
世間一般的な歯科医のような
その場しのぎのよな言葉は、出せない私。
そのため
月1日平日を休診にして
午前10時から午後6時すぎまでの
矯正実習コース(第二水曜日)を1年間勉強すると
今よりかは何かが見えてくると思っています。
もう60歳で若くはないですが、ひとガンバリです。

第1回目は
オリエンテーションと矯正治療をするにあたり
アゴの発育過程で
その時期に合った矯正治療の装置についてでした。
午後3時からは患者さんでの実習見学でした。


2010年02月14日 18:53 スピーカー B&W802 クラシック

 


リチャードアレン、タンノイⅢLZとサブとしてのAR3
その後今日まで
25年以上使っていたクォードのスピーカーから
今回で最後のつもりで
B&Wのスピーカーに変えました。
もう20年近く、オーディオ雑誌を読んだことはないまま
日本橋のオーディオショップへ行き
まず、昔懐かしいタンノイスピーカーを聴きました。
1分もしないうちに高音の特徴、クセは
昔のままと感じました。
タンノイの中から選ぶつもりで行ったのですが、
結局、1時間ほどで、このB&Wに決めました。
このスピーカー
2~3ヵ月後に5年ぶりにモデルチェンジするということで
在庫のみで
定価の半額ぐらいになっていたのので、ラッキーでした。
思い切ってゼイタクしました。
モデルチェンジは、たぶん低音が
もっと空気に溶け込んだ流れ方を
するようになるだろうと・・・
自分なりに想像、理解でき
いまのこのタイプで納得し購入しました。
このスピーカーと人生最後まで付き合うつもりです。
アンプの買い替えは、雑誌を読んで
ある程度候補を絞ってからに
スピーカーのようには、すぐに決めれないかも??
スピーカーより微妙なので迷うかも??
じっくりと、あせらないようにするつもり
しばらく、次のゼイタクに取っておくことに。

オーディオルームの新旧2台のスピーカー
QUAD ELS63 と   B&W802
結果、
イギリスのスピーカーで通した私のオーディオライフ。
1970年代オーディオの店だらけだった日本橋も
今オーディオ店と言えるのは3~4店しかない。
ここでも時代の流れを感じてしまう。


2009年12月31日 18:59 ポールボッツ クラシック

ポールポッツが来日して
大晦日のテレビ番組で歌っていました。
私は、歌っているその時やはり
彼の口元に目が行きました。
イギリスのオーディションに出ていた頃は、
歯並びが、、、、、、、、
しかし、


               イギリスのオーディションの頃のテレビ

テノールスターになった現在
日本で歌っている今日の彼は、
歯の治療をして
スッキリとした口元になっていました。
 

                    今日の日本のテレビ出演
歌を聴きながら
つい、口元ばかり見ていました。


2009年10月25日 20:14 関西歌劇団 プッチーニ 三部作 公演 クラシック

 
本日尼崎市のアルカイツクホールでの
関西歌劇団第91回定期公演、
プッチーニ作曲 三部作
(外套・修道女 アンジェリカ ジャンニ・スキッキ)
を観に行きました。


3つのオペラの仲で「外套」が一番良かった。
中でも、ジョルジェッタ役の
樽谷晶子さんの声、演技ともによかった。
ベリズモオペラの雰囲気が
ある程度達成されていたように思います。
ただ、舞台が船の上ということで、
四角のままの船にしないで、船先のとんがった部分を
この外套の舞台にだけは
付け加えておいたらよかったのではと思ったりもしました。
あとの「修道女アンジェリカ」「ジャンニスキッチ」では、
舞台中央が四角のセリ上がりの構成でもよいのですが。
ほかには、
ジャンニスキッキ役の田中由也氏も満足して聞けました。
体格がもう少しあれば、
ジャンニスキッチに申し分ないのですが。
あと、リヌッチョ役の清原邦仁氏は、
トゥーランドット、こうもりの時もそうであったが
演技が他の人に比べ飛びぬけている。
今回は、声の方もリヌッチョ役にぴったりであった。
マーゼール指揮のジャンニスキッキで
プラシーゴ ドミンゴがリヌッチョ役で
歌っているCDがあるが、
ドミンゴのリヌッチョより
清原邦仁氏のリヌッチョの方が
プッチーニのこのオペラには合っていると思った。

プッチーニの三部作は、
高校2年生の時(1966年)にレコードを購入。
当時は、このデルモナコ、テバルディ盤しかなかった。
1969年、そのレコードボックスにデルモナコのサインをもらい、

1973年には、テバルディにサインをもらった。
今では、大切な「私の宝物」です。


2008年12月30日 17:35 フェスティバルホール 最後の日 クラシック

 

    
    
  50年の歴史をもつフェスティバルホールの最後の日です。
  大植英次氏指揮・大阪フィルハーモニー交響楽団の
  ベートーベン第九を聴きに行きました。
  最後の日
  どんなサプライズがあるのかも期待しながら行ってきました。

     
  バイロイトフェスティバルのプログラム   チケットの分割支払い表
  

  1965年、高校から今日までの私のフェスティバルホールに
  通いだして40年余り
  その中の思い出のベスト3は、  
  1967年の第十回大阪国際フェスティバルでの
  バイロイトフェスティバルのトリスタンとイゾルデです。
  チケットが前金と
  8回の分割での支払いでも可能というぐらい
  高価で話題になった公演でした。
 
  「トリスタントとイゾルデ」と「ローエングリーン」の
  二演目で最高の席が、15000円×2でした。
  当時、あまりにも高額で
  クラッシク界後にも先にもない
  チッケットの分割支払い可ということになりました。
  高校生の身分でバイロイトフェスティバルが鑑賞できたのは
  一生の思い出になっています。 
                     

    
   1970年大阪万博のクラッシク   ジョージ・セルのクリーブランド管弦楽団

  第2は
  1970年、大阪万博でのジョージ・セル
  オベロン序曲、モーツアルトの交響曲40番
  シベリウスの交響曲2番
  セルの前日まで
  カラヤン:ベルリンフィルのベートーベンの
  交響曲の連続演奏会とブラームスの2番など
  一週間続けて聴いていて
  その翌日という事もあったのか
  セルの演奏は衝撃的に耳に残っています。
  いまでもシベリウス交響曲2番の入っている
  コンサートは行きません。
  あの時の音、空気をずっと残しておきたいから。
   現在、東京公演の演奏はCDになっています。

        
  大阪万博の時の歌劇 「夕鶴」のプログラムと団伊玖磨氏等のサイン
  万博での歌劇「夕鶴」の最後の場面は
  涙しながら見ていました。
 
  今振り返ると、青春ど真ん中の
  多感な時代の私を思い出します。
  それから何度か「夕鶴」を見ましたが
  感動はしますが、涙まではでません。
                    

    
   1973年 カラヤン:ベルリンフィルのプログラム
 

  カラヤンは来日最後の曲目
  シンフォニーホールの「展覧会の絵」まで
  来日ごとに
  聴ききに行きましたが (実は、展覧会の絵も生演奏は、
  セルの場合と同様に、一生聴かないときめています。)
  フェスティバルホールでのカラヤンは
  1973年のタンホイザー序曲と
  ドボルザークの交響曲8番が、なぜか
  耳に残っています。
  これが、第3番です。

  
    
   1968年  アンセルメ : スイスロマンド管弦楽団のプログラム
  次は、ワーストです。
  アンセルメの「シェラザード」 「三角帽子」でした。
  レコード録音に騙されたという感覚でした。
  逆に言うと
  当時のロンドンレコードの録音技術の
  すばらしさのなにものでもなかった。
  ナマ演奏は、つまらなかった。の一言。

    
  カルロス クライバーもよかったが
  あまりにもCDのベートーベンの4番が
  すばらしすぎて・・・・・・
  翌日、ヒルトンホテルでサインをもらいました。

   
  フェスティバルホールに飾られている
  思い出の公演写真の前で、
  当時のプログラムを持って記念写真を一枚。
  

 
   
                        大植英次氏と
第九が終わり、
指揮者大植英次氏のフェスティバルホールの
歴史、思い出のスピーチがあり
エルガーの威風堂々第一番でフィナーレとなりました。
全員総立ち、終わってからも
多くの人が、あちらこちらで写真を撮っていました。
新生フェスティバルホールが誕生する五年後からは
私の老後の楽しみとして
フェスティバルホールには最後まで付き合ってほしいと願い
それと同時に
私の青春時代のいっぱい詰まったフェスティバルホールに
感謝とともに別れを告げました。。


2008年12月13日 18:16 フェスティバルホール   白鳥の湖 クラシック

        
     築50年ということで今年でもって
    フェスティバルホールが、 建て替えられます。
    そこで、私の青春時代の思い出の大部分を占める
      フェスティバルホールに もう一度 最後に行っておこうと
      ポリジョイバレエ「白鳥の湖」を見に行きました。
    今年の診療も
    例年どうり30日までのつもりだったのですが、
    フェスティバルホールへ行く途中、
    迷っていた考えが変わりました。
      今年の診療は29日月曜日までとし
    30日から休みを取ることに決めました。
      そして
    フェスティバルホールに着くとすぐに
    本当に本当に最後の
      12月30日の大阪フィルの第9のチケットを購入しました。
    もう一度 最終日 どんなサプライズがあるのかを楽しみに
      第9を聴くことにしました。
    
      バレエは本当 久しぶりに見ました。
      「くるみ割り人形」を見てから、
      もう10年近く見ていないと思います。
     
    2階の前から3列目、フェスティバルホールは
      1階よりも2階の方が断然 音がまとまっていて良い。
      特に今日のようなバレエや オペラの
      オーケストラピットでの演奏は・・・
      音を取るなら2階、
      人の動き、人の声を取るなら1階を選びます。
     2階に座ると、1970年万博の年、青春時代ど真ん中の
   当時と同じフェスティバルホールの空調のニオイがしていて
   40年近く前にタイムスリップです。 
      いい時間の中に浸りました。
   もう一度、来ます。
 

      
     1966年、家族5人で聴きにいったケルテスのコンサートは、
          いまもずっとフェスティバルの壁に額として掛けられています。
          その日のプログラムとケルテスのサイン

          
     フェスティバルホールの夜景


2008年10月26日 19:37 フランス バロック オーケストラ クラシック

      
        プログラム表紙から     弦楽器以外は、全員スタンドプレーです
                                    
  CHP,今回は、午前の部だけを聞き、
 昼からは、 
 ザ・シンフォニーホールにエルヴェ・ニケ指揮の
 ル・コンセル・スピリテュエルを聴きに行きました。
 うちの奥さんには、
 ダマされたと思って聴きに行こうと 誘っていました。
 ヘルデルの「水上の音楽」 「王宮の花火の音楽」を
 300年前のヘンデルの時代と
 同じ楽器、同じ奏法で演奏するという
 興味津々の演奏会でした。
 楽器がよく見え、響きもよい席ということで
 今日は2階のR側RC1番2番の席で聴きました。
 大満足でした。
 ところが、この演奏会も 午前のCHPと同じで
 私が今までシンフォニーホールで聴いた中では
 一番聴衆が少なかった演奏会でした。
 1/3ぐらいしか入っていませんでした。
  
 どうしてあんなに少なかったのか理解できません。
 あんなめずらしい演奏会が
 どうしてあんな人数だったんだろうと・・・不思議?
 最近コンサートは
 演奏家、曲目、会場3拍子揃っていないと 
 なかなか私に付き合ってくれない奥さんも
 すごく気に入ってくれたコンサートとなったみたいで
 久々にサインをもらうことにしました。
 奥さんもなにも言わず
 サインをもらうことにOKでした


                                       コンサート後サインもらいました
  
 家へ帰ってからは長男を加え3人で
 大宮のイタリア料理の店「公園通り」で 
 オリジナルディナーとワインで・・・
 よい一日が終わりました。
 次のコンサートは、ボリショイバレエ、白鳥の湖
 フェスディバルホール 12月13日
 このホールできてから50年が経ち
 立て替えられるので
 私の青春時代がいっぱい詰まったホールに
 別れと、感謝のために最後にもう一度行きます。


2008年10月18日 19:45 キエフオペラ トゥーランドット クラシック

  

 
       
北京でのトゥーランドットのチケット(メーターのサイン入り)  阪大の公開講座のちらし

    1998年に
  トゥーランドットの舞台となった北京の紫禁城での公演を
   私の奥さんと見に行き、
  それからもオペラの来日公演が あるごとに
  トゥーランドットは東京や名古屋まで観に行っています。
   ところが、
  今回は阪大での「最先端の物理を高校生に」の公開講座を
   どうしても受けたいと、
  チケットを購入していたのに家内にフラれてしまいました 。  
        

        
        チッケト          神戸文化ホール        プログラム

   そこでダレと一緒に行こうかと考えた結果。
  一度、 私の母を連れて行こうと思い立ち
  神戸文化ホールまで1時間半かけて
   トゥーランドット鑑賞となりました。
  ここは、 はじめての会場で
  キャパはオペラにちょうどよいくらいの空間でした。
   「大阪はフェスティバルホールしかないので広すぎて、音がヌケてしまう」
  このホール、音自体は割りとまとまっていた。
  キエフオペラのトゥーランドット
  音楽的には2年前の来月公演とほとんど変わらず、
  イタリアのまろやかさに欠け、
   特に打楽器群のリズムと強さは、違和感大でした。 
   逆に言うとロシア的。  
  今回の来日のリュウはかなりよかった。
   カラフは第1幕、声でてない。 第2幕は まあまあであったが、
  第3幕は完全スタミナぎれ、あの有名な「誰も寝てはならぬ」の
   アリアのあと
  拍手はともかく、ブラボーを叫んだ人の耳を疑う!。
  トゥーランドットの方の声が完全に勝ち。
  

   
  2006年の来日時のトゥーランドットプログラム
  
  母はどう感じたのか?
  初めてオペラを観る人に感想を聞くのもどうかと思い、黙ったまま。
  母と2人で歩いていると、以前より小さくなったか?
  背中もやや丸くなっているし・・・
  母と私は20歳しか年の差がないので、
  中学、高校の時は友だちに
   「お前のお母さん、すごい若いなぁ」と よく言われていて、
   心の中ではちょっとそれが自慢気味だった時期があった。
  その母も、来年80歳。
  そんな母の姿を見ながら、梅田まで一緒に帰りました。
  あとあと、オペラ観たことより、一緒に歩いたことの方が
    思い出になるのかも?
  そうこう思っているうちに
  梅田で母と別れて、私は次の予定へ。
   


2007年12月14日 11:16 吹田市民合唱団 クラシック


今日「吹田市民合唱団」からハガキが来てなつかしく思いました。
来年 合唱団創立20周年の第10回定期演奏会の参加案内です。
次男が小学校2年生の時に親子で
大阪城ホールの「一万人の合唱」に参加し、
それがきっかけで
次の年に親子でこの吹田市民合唱団に入団しました。
もう15年近く前のことです。
5年ほど入団していましたが、毎週土曜日6時から練習ということで
当時レーザー治療と予防歯科の研修会で
東京へ毎月行かなくてはならなってから
合唱の練習が多くて月2回ぐらいしか出れなくなってしまい退団しました。
入団中は第9は当然のことながら
マーラーの「復活」やプッチーニの「トスカ」の合唱ででたり
フォーレの「レクイエム」をやったりで
苦しみと楽しみの両方を味わいました。
一番の思い出は、チェコのプラハの海外公演でした。
プラハ国立歌劇場専属オーケストラと
国立歌劇場でベートーベンの第9を合唱したことです。
3曲のアンコール曲の中で
最後にチェコ国歌を原語アカペラで合唱団全員で歌ったその瞬間
会場内の人々は全員起立して胸に手をあて聴いてくれたことが
本当に感動した思い出として残っています。
日本人では絶対にありえない光景でした。
今でも目に焼きついています。
そんな事をハガキを読み思い出していました。
次回の記念公演の演目は第2.第3ステージの曲は
今でも少しやれば、思い出すと思うのですが・・・
今は、この歯科医院に命をかけているので・・・。
でも
なつかしいので公演日はなんとか聴きに行きたいと思っています。